新幹線遠征の泥沼から、なんとか命からがら生還した私を待っていたのは、地元での新たなお見合いだった。相談所の「罰金ミステリー」に怯え、大人しく、かつ真面目に打席に立つと決めた私の前に現れたのは、これまでのハイスペ上司風やドクターとは明らかに毛色の違う男だった。
年齢は私より少し下、職業は消防士。
ホテルのラウンジの席についた瞬間、思わず目を見張った。タイトなスーツの上からでも一目でわかる、見事に鍛え上げられた胸板と肩幅。顔立ちは今どきのシュッとしたイケメン風で、一見すると少し冷たそうにも見える。
(なるほど、今回はフィジカルのエリートか。体力勝負の妊活を「逆算」すれば、この遺伝子は間違いなく超優良物件……)
などと、脳内でロジカルな値踏みを始めた私の計算は、彼が口を開いた瞬間に一瞬で吹き飛んだ。
「あ、初めまして。……今日はわざわざ来てもらって、ほんとに、ありがとね」
ど直球の、泥臭い地元の方言だった。
それはビジネスの場では絶対に耳にしない、良く言えば素朴、悪く言えば洗練とは程遠い語気。今どきな風貌とのギャップに、私は内心激しくたじろいだ。正直に言えば、言葉の端々から漂うローカル特有のぶっきらぼうさに、少し苦手意識がチクリと胸を刺す。
けれど、観察を続けるうちに彼の「本質」が見えてきた。
彼は緊張でガチガチになりながらも、こちらのグラスの水が減ればすぐに店員を呼び、不器用ながらも一生懸命に話題を探して、必死に私に気を遣ってくれているのだ。その真っ直ぐさは、これまでの「家政婦を求めるオレオレ男」たちに比べれば、砂漠の雨のように貴重で、誠実そのものだった。
だからこそ、私も全力で応えようとしてしまった。
管理職のサガだろうか。「頑張る部下」を目の前にした時、私は無意識に「完璧なおもてなしモード」に入ってしまう。彼の拙いトークをプロの技術で拾い上げ、話を広げ、ラウンジの空気を完璧にコントロールする。平日の激務で擦り切れた脳をフル回転させ、週末の「無給の接客業」にまたしても没頭していた。
気づけば予定の1時間が過ぎ、爽やかに彼を見送った。
公務員で消防士、ガタイも良く、何より性格はいい。条件だけで言えば、結婚相談所では100点満点に近い贅沢な物件だ。
なのに、一人になった途端、泥のような疲労感がどっと押し寄せてきた。お見合い前より、確実に肩が重い。
彼が悪いわけじゃない。むしろ感謝している。だけど、あのど直球の方言に気圧され、不器用な彼に気を遣い続けた結果、私の疲れは1ミリも取れなかったのだ。結婚生活という長い旅路を「逆算」した時、私は家でもこの「接客業」を続けられるのだろうか。
筋肉と誠実さだけでは埋まらない、コミュニケーションの「相性」という、新たな砂漠の罠に私は頭を抱えていた。
(第13話へ続く)

コメント