​【第1回】結婚に興味はなかった。でも「自分の子供」にはどうしても会いたかった。

​35歳の時、仕事は本当に楽しかった。

キャリアも順調。部下を抱え、自分の裁量で大きなプロジェクトを動かす日々に、猛烈なやりがいを感じていた。

​ぶっちゃけ、「結婚」という制度には1ミリも興味がなかった。一生独身でもいいと本気で思っていた。経済的にも精神的にも、1人で生きていけそうだったし、その覚悟もあったから。

​でも、唯一。

どうしても、どうしても諦めきれない本音があった。

​「自分の子供に会いたい。母親になりたい

​仕事のキャリアプランなら、ロジックを組んで、努力すればいくらでも目標を達成できた。でも、こればかりはタイムリミットがある。年齢という現実が、容赦なく私を焦らせた。

​綺麗事を言うつもりはない。

当時は、結婚というプロセスをすっ飛ばして、本当に「ワンちゃん授かり(未婚での出産)」でも良いと本気で思っていたくらいだった。男の人が欲しいんじゃない。私は、私の子供に会いたかったのだ。

​だけど、現実的に日本で子どもを育てていく未来を考えたとき、理性がブレーキをかけた。

「子どもにとっての最善の環境をロジカルに考えたら、やっぱり『父親』という存在がいる形を作らなきゃいけない」

​自分のためじゃない。未来の我が子のために、私は「結婚」というシステムを利用する決意をした。

​ターゲットは、結婚相談所。

重い足取りで私が向かったのは、とある大都市にある、洗練された大手の結婚相談所だった。

​サロンのドアを開けると、いかにも「幸せな結婚」を絵に描いたような空間が広がっていた。そして、そこに掲げられていた謳い文句に、私は心の中で小さく鼻で笑った。

​「育児と仕事の両立で、ママとしても成功してます

​……両立?成功?

世間が求める「丁寧で輝かしいお母さん像」がそこには詰まっていた。

景色はキラキラしているけれど、当時の私はそんな綺麗事が欲しかったわけじゃない。キャリアアップのためのセミナーに来たわけでもない。仕事はもう十分に楽しんでいるし、1人で生きていく覚悟もある。私が欲しいのは、ただ一つ。「私の、血の繋がった子どもに会うこと」それだけだった。

​「仕事もママも完璧に」なんていう眩しいキャッチコピーは、当時の私のざらついた本音には1ミリも響かなかった。むしろ、その完璧さが、自分の極端な覚悟を突きつけられているようで、妙に居心地が悪かったのを覚えている。

​だけど、背に腹は変えられない。

「システムとして利用してやる」

そう自分に言い聞かせ、私は入会手続きの書類にペンを走らせた。

​ここが、これから5年間に及ぶ、長く、乾いた、終わりの見えない「婚活砂漠」のスタート地点になるとも知らずに――。 

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